今回、「Leadership Live Japan」に出演するゲスト、株式会社LIXILの常務役員デジタル部門担当の岩﨑磨様お迎えし、現職の仕事観、やりがい、魅力などについて語ってもらいました。

インフラからIT全体へ:ベンチャー魂を持つLIXILの技術責任者
2018年6月、LIXILに入社した私は、当初インフラストラクチャー領域を担当していました。もともとインフラエンジニアとしてのバックグラウンドがあり、社内でもインフラに関する課題が多く存在しているという話を聞き、その解決が私のミッションとなりました。
キャリアのきっかけは、前職での経験にあります。大学時代からベンチャー企業を立ち上げ、小さなビジネスを学生時代から手掛けていました。20代から30代前半までベンチャーの世界で挑戦を続けていましたが、リーマンショックなどの影響もあり、限界を感じるようになりました。
34歳の時に東京へ拠点を移し、Web系企業での仕事に従事するようになりました。
ここではインフラを中心に担当しながらも、IT全般に関わる機会をいただきました。ベンチャーからWeb系企業、そして現在のLIXILへ、インフラを軸にしながら、徐々にIT全体を見渡す役割へとシフトしていきました。
現在ではインフラにとどまらず、IT全般を担当する立場として、より広い視点で課題解決に取り組んでいます。
デジタルの民主化が企業を変える:LIXILで築いた挑戦の土壌
LIXILに入社して以来、私が取り組んできたことは、「単なるITの導入や運用」ではありません。功績というと少しおこがましいかもしれませんが、自分自身がこの会社で何を成し遂げてきたのかを振り返ると、一つ大きなテーマが浮かび上がります。
それは、ITというツールを活用して、LIXILの企業トランスフォーメーション、いわゆるDXを推進してきたことです。特に、従業員の考え方や働き方といったカルチャーの部分に焦点を当て、いわゆるJTC(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー)的なマインドセットから脱却し、「自分たちで攻めていける、自分たちでグローバルに展開していける」、そんなチャレンジができる土壌を整えてきました。
「ITを専門家だけのものにするのではなく、全従業員が臆することなくチャレンジできるカルチャーを築くことができた」のは、非常に大きな成果だと感じています。
このような変革を支える土台を作ることができたことこそが、私自身がLIXILに対して最も貢献できたことではないかと思っています。
インフラから始まった世界をつなぐDX:LIXILで挑んだITの再構築
私のキャリアの原点はインフラストラクチャーにあります。LIXILに入社した当初も、その専門性を活かしてインフラ領域を任されていました。しかし、有難いことにご縁が重なり、日本国内のITオペレーション全体を見させていただく機会を得ました。
その中で最も大きなチャレンジとなったのが、製造業におけるITのスケールの大きさでした。サプライチェーンや生産システム、そして絶対に止めてはいけない基幹システムなど、同じITとはいえ、まったく異なるジャンルの領域に飛び込むことになったのです。しかも、「いきなりリーダーとしてその全体を見ていく」というのは、非常に大きな挑戦でした。
LIXILはグローバルに事業を展開しており、ビジネスボリュームも大きいため、「同じITであれば、グローバルでコラボレーションする価値があるのではないか、まとめることでレバレッジをかけられることがたくさんある」と確信し、グローバル連携を進めていきました。
インフラは比較的グローバルで統一しやすい領域でもあったため、全社に先駆けて私たちの部門で「グローバルワンチーム」を立ち上げ、国や文化を超え何ができるか、どんなアウトプットが出せるかに挑戦し続けてきました。
この取り組みが、今のLIXILのグローバル化の流れにつながっているのではないかと感じています。
製造業の現場から考えるITの役割:LIXILで見えた「事業と技術」の接点
LIXILで働く中で、私が特に意識していることがあります。それは、私たちがITのスペシャリスト集団であると同時に、事業会社の一員であるという認識です。
ITエンジニアは、技術に集中するあまり、今いる会社がどのような事業を営み、誰にサービスを提供し、誰から対価を得ているのかという根本的な部分を忘れがちです。私自身がLIXILで強く感じたのは、まさにこの点でした。
LIXILは事業会社であり、製造業です。
その先には、流通店や代理店、そして最近ではダイレクトコンシューマといった多様なお客様がいます。こうしたビジネスモデルをしっかり理解した上で、ITをどう最適に組み立てていくか──この視点が非常に重要だと考えています。
過去にも学んできたことですが、特にLIXILでは、経営陣(私もその中に入っております)や事業リーダーの方々とお話しする中で、そこにしっかりと向き合うことによって価値の最大化が早くなるということですね。
このあたりがすごく学ばせていただいたことかなと思っています。
特にLIXILでは、経営陣や事業リーダーの方々と直接対話する機会が多く、その中で「事業理解の深さがITの価値を最大化するスピードを加速させる」ということを強く実感しました。
これは、過去の経験でも学んできたことではありますが、LIXILという製造業の現場で、よりリアルに、より深く学ばせていただいたことだと思っています。
「ITエンジニアが一番幸せに働ける環境」を目指して:制度改革とグローバルワンチームの挑戦
LIXILのデジタル部門は、ITの専門家集団です。私自身もエンジニアとしてのバックグラウンドを持ち、今このチームで一番やりたいことは、「ITエンジニアが一番幸せに働ける環境を作ること」です。
製造業という事業会社において、我々の専門性を最大限に発揮し、その成果に対して正当な報酬を得る──これは非常に重要なことだと考えています。大手企業ではこの仕組みがうまく回っていないことも多く、人材確保や離職率の高さに悩むケースもあります。
そこで私が力を入れてきたのが「制度改革」です。
エンジニアの処遇改善、評価の可視化、そして透明性の確保。ブラックボックス化を防ぎ、専門家としての価値を正しく評価し、報酬に反映させる制度づくりにこだわってきました。
その結果、優秀な人材が多く集まり、生成AIなどの先端技術を活用し、即戦力として活躍する環境が整ってきています。これは、私が目指していた姿そのものだと感じています。
また、ワンチームという観点では、2つの軸があります。
1つはデジタル部門内での連携、もう1つは事業部門との連携です。
まず取り組んだのは、グローバル横断のチームづくりです。日本、ヨーロッパ、アジア、北米など、同じスキルセットを持つエンジニアが地域を超えて協力し合うことで、技術の補完や24時間体制のサポートが可能になります。
さらに、事業部門との連携では、スクラムやアジャイルの考え方を取り入れ、事業側にプロダクトオーナーを立て、ITチームと一体となって目標に向かって進む体制を構築しました。これにより、伝言ゲームのようなコミュニケーションのズレを防ぎ、スピードと品質の両面で成果が出るようになってきています。
グローバルチームで働く上での課題としては、言語や時差の問題がありますが、最近では自動翻訳機能付きのビデオツールの活用や、非同期型の働き方を推進することで、これらの課題にも対応しています。チャットやタスク管理ツール、録画された会議などを活用し、各自が最もパフォーマンスを発揮できるタイミングで働ける環境を整えています。
育児や介護など、さまざまなライフステージにある人々も含め、誰もが活躍できる「タレント集団プール」を形成し、事業に貢献できる体制が整いつつあります。これこそが、私がLIXILで実現したかった働き方であり、今まさにその成果が形になってきていると感じています。
北極星に向かって:自律と支援が共存するLIXILのリーダーシップスタイル
LIXILのデジタル部門では、私たちリーダーシップが特にこだわっているのが「ビジョンを示すこと」です。日本語で言うところの北極星、私たちはこれをノーススターと呼び、「この方向を目指しましょう」と明確に伝えるようにしています。
その一方で、ビジョンに向かうための方法論については、各チームに一定の裁量を持たせるようにしています。トップダウンで細かく指示するのではなく、チーム自身が最適なやり方を考え、実行する。そのプロセスも公開し、透明性を持って議論しながら進めることを重視しています。
課題が発生した際には、リーダーが直接介入して解決を支援する「サーバントリーダー(後方支援型リーダー)」としての姿勢を大切にしています。チームが自律的に動けるようにするためには、モチベーションが不可欠です。私は、たとえ失敗があったとしても、一つでも良い成果があればそれを徹底的に褒めるようにしています。
「それ、すごくいいね。次はこうしてみよう」と、前向きなフィードバックを通じてチームの成長を促しています。
このようなスタイルを支えるキーワードが「EXPERIMENT AND LEARN(実験して学ぶ)」です。
チームには積極的に実験してもらい、そこから学び、改善を繰り返すサイクルを回すことで、活動の加速化とスムーズな運営を実現しています。
さらに、我々のリーダーシップの考え方や設計思想は、他のリーダーにも共有し、「こういうやり方もあるよ」と見せながら、自律分散的な組織運営へとつなげています。チームが自ら考え、動き、課題に向き合いながら前進していく──そんな文化が、LIXILのデジタル部門全体に広がりつつあります。
「一本の軸」が自信になる:エキスパートとしての原点とリーダーへの道
LIXILのデジタル部門では、私たちはエキスパート集団であることを目指しています。その中で私が強く伝えたいのは、「何か一つ、飛び抜けた専門性を持つことの大切さ」です。
私自身、現在はインフラからERP、IT全般まで幅広く見ていますが、「岩﨑さんって何の人ですか?」と聞かれれば、今でも迷わず「インフラエンジニアです」と答えます。インフラストラクチャーに関しては、それなりの経験と自信がありますし、それが私の原点でもあります。
この一本の軸があることで、他の分野への挑戦にも自信を持って臨むことができるようになります。成功体験があるからこそ、未知の領域にも踏み出せる。これは、これからリーダーを目指す方々にもぜひ意識していただきたいポイントです。
もちろん、ゼネラリストとしての視野も重要です。
特にCIOやCDOといった立場になると、ITのほぼ全てのジャンルを見渡す必要があります。ただ、すべての分野でスペシャリストになるのは現実的ではありません。だからこそ、自分の中に「これは誰にも負けない」という専門性を持っておくことが、自信にもなり、周囲との補完関係を築く土台にもなります。
自分の強みを活かしながら、他者の力を借りてチームとして成果を出す──それが、リーダーとしての本質だと思います。若いうちにたくさん経験し、失敗し、学ぶことで、自分だけの一本の軸を見つけてほしい。それが、将来のリーダーシップにつながる大きな力になるはずです。
DXは目的ではなく手段:LIXILから社会へ広がる変革の可能性
LIXILでは、ITを活用したさまざまな取り組みを通じて、経済産業省から「DX銘柄のプラチナ認定」などの評価をいただいてきました。これらは確かに誇らしい成果ではありますが、私たちにとってはあくまで通過点の一つです。
私が本当に目指しているのは、LIXILのようなJTC(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー)でも、挑戦を続ければここまで変われるということを証明することです。そして、それが社会貢献につながり、結果として企業としての成長や収益にも結びついていく──そんな好循環を生み出したいと考えています。
この挑戦は、LIXILの従業員のためでもあり、私たちのお客様に対する責任でもあります。
そしてもう一つ、私たちが成し遂げたことを、他の企業の方々にも是非、見ていただきたいと思っています。日本企業の多くが、独自プロセスや標準化の難しさ、AIの導入などに苦労している中で、LIXILの事例が一つのヒントや気づきになれば、それは非常に意義のあることだと感じています。
私たちは「DX」という言葉を社内ではあまり使いません。
CX(カスタマーエクスペリエンス)とEX(エンプロイーエクスペリエンス)という2つの軸に分けて取り組んでいます。
CXでは、デジタルショールームの導入を進めており、現在では来館者の約20%がオンラインでの応対を利用しています。そこにAIを組み合わせることで、より高い顧客体験価値を提供し、企業価値の向上につなげています。
EXでは、従業員が快適に働ける環境づくりを重視し、リモートワークや非同期型の働き方を推進しています。これにより、育児や介護など多様なライフスタイルを持つ人々も活躍できる体制が整いつつあります。
そして、これらの取り組みを支えるのがデータです。
LIXILでは「LIXILデータプラットフォーム」を構築し、ERPやCRM、MESなど、あらゆるシステムからのデータを一元的に集約しています。これにより、データの連携が容易になり、AIやMLなどの先端技術を活用した価値創出が加速しています。
このようなデータの集約と利活用は、かつては理想論に過ぎなかったかもしれません。しかし、クラウドやAI技術の進化により、今では現実的な戦略として機能しています。私たちはこの戦略を愚直に実行してきたからこそ、今の成果があると確信しています。
他の企業でも、まずは「愚直にデータを集めること」にフォーカスすることで、変革の第一歩を踏み出せるはずです。LIXILの取り組みが、その一助となれば嬉しく思います。
より具体的な現職での仕事観、やりがいや魅力に焦点を当て、リーダーシップやITリーダーへの効果的なアドバイスなど、岩﨑氏に話を聞きました。詳細については、こちらのビデオをご覧ください。